エイプリルフールが盛り上がる理由と、「おもしろい嘘」「おもしろくない嘘」とは

樹の幹に生えた桜

さてさて、桜の季節も全開の今日このごろですが、昨日は4月1日、つまりエイプリルフールでしたね。
僕はというと気の利いた嘘も特に思いつかず、このブログでもへんな冗談を書いたりとかそういうことは特に何もしませんでした。

一応、去年は池袋のサンシャイン水族館に行った時の話と、Googleのエイプリルフールネタを絡めた話を書いたりしました。

【4/1】サンシャイン水族館で新種誕生!?
何やら、妙な噂を聞きました。 池袋のサンシャイン水族館で新種の動物が誕生したとのことです。 そんなことがあるはずないと思いながら...

そんなわけなので、僕自身はと言うと、世の中が我先にと面白いネタを発表するかのごとくに嘘を考えて、それを披露する流れに興味がなかったわけではありません。
実は、何か思いつけば、このブログ内で何かやりたいなあという気持ちはありました。
でも、思いつかなかったら、何も出来ないのはしかたのないことなので、そればっかりは「残念でした」と言わざるを得ませんね。

ところで、この嘘をついても許される日と言うのは、何故こんなにも盛り上がるのでしょうか?
近年は特に、エイプリルフールには個人も企業も含めて、全力を尽くす人は尽くしているように思えます。

まあ、シンプルに楽しいからなんでしょうね。
この日の「嘘」というのは、完成度が高いものは非常に上質なエンターテイメントみたいなものですから・・・

せっかくなのだから「おもしろい嘘」をつきたいものですよね。

エイプリルフールって、なんだかんだ言って毎年楽しみです

毎年4月1日になると、様々な企業がウェブ上に『嘘』を披露するのを楽しみにしていたりします。

今年も、有名なところでは『Google』が「Googleマップ上でパックマンを遊べる仕様に改造」していたりとかしていましたね。
ちょっとだけプレイしてみましたが、この時期だけで終らせるのはもったいないくらいに、よく出来ていました。

各企業が、どんな事を今年のエイプリルフールでやったのかということは、いろんなサイトで既に紹介されているし、もう昨日のことなのでここでは紹介しません。

「俺、エイプリルフールとか興味ねえぞ!」とか言っちゃう人も、心のなかでは「いい感じの嘘をつきたい」とか思ったり、「今年のエイプリルフールネタはどんなのがあるだろう?」とか気になっちゃったりしてたんじゃないですか?

で、個人的には、けっこういろいろと楽しむことが出来たんじゃないかと思っております。
と言うか、年々「ネタ」が巧妙になってきているような気もしますね。
すごいことです。

嘘の種類

「エイプリルフールに言っても良い嘘」って、気が利いていてかつ、その嘘のせいで誰も傷つかないタイプの嘘でなくてはならないと思うのです。
それが複数であれ、一人であれ、特定の誰かが傷つくような嘘なんて、世の中のほとんどの人は望んでいないからです。

そもそも、「嘘」と言うのは以下の2種類があります。

  • おもしろくない嘘
  • おもしろい嘘

大きく分けて考えると、この2つに分類されるはずです。

おもしろくない嘘

「おもしろくない嘘」と言うのは、言い方を変えると「望まれていない嘘」です。

「〜〜さんが離婚したんだってさ!」

「〇〇ちゃんが交通事故に遭って、病院に担ぎ込まれたみたいだよ」

「この壺を買うと、それだけで幸せになれます」

こんなかんじの嘘って、他人を陥れたりとか、脅かして自分の自己満足のためだけにつくような嘘です。
おもしろくないどころか、「他人を不幸にする嘘」ですよ!
これには、詐欺のような犯罪行為も含まれます。

こんな「嘘」は誰も望んではいないはずです。

それと、誰も興味を持たない嘘というのも、「おもしろくない嘘」に分類されます。
誰も傷つかないとしても、誰も興味のないような事を言ってもね・・・と言う感じだからです。

無害ではありますが、やっぱりおもしろくはないのです。

おもしろい嘘

逆に「おもしろい嘘」と言うのは「望まれている嘘」だと思うのです。
嘘をつくことで、誰かがちょっぴり幸せになっちゃうような嘘です。

と、ここで例を挙げたいところですが、あまり良い例を思いつかないのですよね。(そんな簡単に思いつくのならば昨日、自分でやってますよ)

言ってしまえば、昨日「世間で騒がれていたようなエイプリルフールネタ」がそれにあたるのではないでしょうか。(悪い意味で騒がれていたものもありましたが・・・)

そう、「おもしろい嘘」と言うのは、楽しいのです。
一種のエンターテイメントですね。

できることならば、エイプリルフールにはそんな「皆が幸せになれる嘘」をつくべきです。
誰かが傷つくような嘘を、一生懸命考えて思いついたからといって、実際に口に出してはダメですよ。
そうでないと、せっかくの楽しいイベントなのに、台無しになってしまいます。

ただ、問題は「おもしろい嘘」と言うのは、誰しもが簡単に思いつくことができるものではないというところですね。
そんなにおもしろいことが簡単に思いつくのならば、苦労しませんよ。

たとえ思いついたとしても、「おもしろい嘘」と言うのは手間をかけなくておもしろくなかったりとかする場合が非常に多いです。
Googleマップの話とかもそうなのですけど、手間だとかお金だとかをかけることで、おもしろくなる嘘というものもあるのですよねぇ・・・

故に、「おもしろい嘘」は、基本的にハードルが高いものなのですよね。

芸術的な「嘘」

僕は思うに、本当におもしろい嘘は「芸術」の一種と言っても過言ではないと思うのです。

実は、僕は普段、新しい作品のアイデアを考える時って、「どうやって嘘をついてやろうかな?」とか考えちゃうわけなのです。

誤解があるといけないので断っておきますが、僕は作品のコンセプトとかに関しては自分の思っている事柄に対して本気で取り組むようには心がけています。
ただ、世の中にたくさんあるアートの目指す方向性って、「いかにして非現実的でありながらも共感できる空間を作るか」ということだと思うのです。
日常的過ぎるアート作品って、あまりおもしろくないですからね。

人が上手に騙されてくれる嘘というのは、魅力に結びつく場合が多いのです。

「芸術的な嘘をつく」という行為だけで、場合によっては作品として成り立つかもしれませんよ。

エンターテインメント

先ほど、「おもしろい嘘」が「エンターテイメント」の一種であると書きました。

これは、けっこう的を得ている考え方だと思うのですが、逆に言うと「エンターテインメント」のプロである『芸能人』の方々などは「嘘のプロ」と言うことができるかもしれません。

例えば、お笑い芸人の「コント」とかも、舞台上でそのコントの内容の世界観に沿って、演じることで成立するわけです。
それを見ている観客はというと、完成度の高いコントであれば、その世界に引き込まれて夢中になるのです。
でも、その演じている内容というのは、その芸人さん達が作り上げた架空(嘘)の世界観や登場人物だったりするわけです。
極端に言うと、観客は「嘘」を観て笑うということになるのです。

テレビ番組とか映画とか、世の中の主要なエンターテイメントというものは、「嘘」が土台となって成立しているのです。

エンターテイメント(テレビとか映画とか)の世界は、「総合芸術」の世界とも言われることがありますよね。
ジャンルを問わずに完成度の高い『嘘』と言うのは、もれなくアートであり、芸術的なのです。
だから、最もアートとかの世界と遠い存在っぽい「お笑い」なども「芸術」の一種なのですよね。

そして、もっと言うと世の中のエンターテイメントと言うのは、ほとんどが「おもしろい嘘」で構成されていると言っても過言ではないでしょう。
実は、エイプリルフールで見るような「おもしろい嘘」を、僕たちは日常的に目にしつづけているのです。

「おもしろい嘘」と「エンターテイメント」と「アート」の関係性を考えると、ちょっとおもしろいと思うのですけどね。
まあ、何が言いたいかというと、そんな「芸術的な嘘」というものは簡単には生み出すことは出来ないということですね。
夜桜

エイプリルフールが盛り上がる理由

ここからが、本題です。
なぜ、人はエイプリルフールにこんなに盛り上がるのか?です。

理由の1つが「嘘」をついても良いと公式?に認めてもらえる、数少ない日だからです。
前述してきたように、エイプリルフールでつくべき嘘と言うのは、「おもしろい嘘」のことです。

「おもしろい嘘をつくべき」だというのは、実は精神的にまともな人間ならば肌で感じるようにわかっていることだとは思います。
なぜなら、いくら嘘をついても許される日だとしても、社会や人間関係を存続させるために、越えてはならない一線というものがあるからです。

だから、エイプリルフールというイベントに興味のある人間は、なんとかして「おもしろい嘘」をつこうと努力をすることになるのです。
「おもしろくない嘘」は、いろいろとその後の生活に影響を与えかねないのでダメですよ。

皆でエンターテイメントを共有する日

ここまでの事を踏まえて考えてみると、4月1日は「皆でエンターテイメントを共有する日」と考えるべきなのではないでしょうか。

普段、人を楽しませようと嘘をついたとしても、それが許されるかどうかはわかりません。
楽しかろうとなかろうと「嘘」というだけで怒ってしまうような頭の硬いおっさんとかもいるかもしれないし、冗談の通じない友達もいることでしょう。

それに、あまりにも日常的に嘘をつきすぎると、「嘘つき」だというレッテルを貼られてしまうかもしれません。
それは、本人にとってもマイナスだし、そんなリスクを考えながらエンターテイメントを提供しようと思う人も少ないかもしれません。

お笑いのプロだとか、映画俳優などのような、特殊な能力を持っている人間でないと日常的に「おもしろい嘘」を作り出し続けることが出来ないでしょうからね。

つまり、昨日は我々のような一般人が、大っぴらに「嘘」という名の「エンターテインメント」を披露しても、許してもらえる可能性が高くて、「嘘つき」だと言われない素敵な日だった言うわけです。
まあ、エイプリルフールが盛り上がるというのは、それだけ抑圧されている人が多いということなのかもしれませんね。

4月1日が来たら、それを合図に皆で嘘を言い合って、共有するのです。
そして、それが嘘だとわかっているから楽しいのです。

自分が何かしようとするときに他人のことが気になる

エイプリルフールが盛り上がる理由というのは、「皆でエンターテイメントを共有する日」だからということなのですが、もっと言うと「自分自身がなんとかして嘘をつこうと頑張ると、他人がどんな嘘をつくのかということが気になる」というのもあると思います。

で、日付が変わって4月1日になって数時間もすると、「企業のエイプリルフールネタ 2015年度板」みたいな記事をいろんなニュースサイトが公開し始めるわけです。
それがですね、やっぱり年々完成度が上がっている感じでして、とてもおもしろいのです。

そういう企業ぐるみの嘘って、個人では簡単には真似できないハイレベルな物が多いのですが、やっぱり触発されるような部分もあるのでしょうね。

そういうネタって、自分でも何かおもしろい嘘をつきたいと思っている人間にとっては、特に興味深く感じることでしょう。
恥ずかしながら僕もこんなブログをやっている身でありますから、「なんかウケるネタを書きたいなあ〜」とか考えてはいたので、やっぱり他人のことというのは興味が出てきてしまうものなのです。
まあ、結局なんにもおもしろい事、思いつけなかったですけどね・・・

そんなわけで、エイプリルフールと言うのは自分で何か嘘をつくだけではなく、他人のことも気になっちゃたりして、その相乗効果で大変な盛り上がりを見せる日となるというわけですね。

まとめ

最近はツイッターなどのSNSを多くの人が利用していますから、それもあって4月1日がいい感じに盛り上がるのかもしれませんね。
エイプリルフールではツイッターを使って、有名人も一般人も気の利いた嘘をつこうと躍起になる人が多いです。

ツイッターなどをやっていれば、誰でもその「嘘」に乗っかることが出来て、当事者となることが可能かもしれません。
それは、楽しいのは当然でしょう。

結局のところ、僕達人間は誰かに認められたいという気持ちを、誰しもが持っています。
だからこそ、自分をアピールすることがなんとな〜く許されている4月1日は、なんというかそわそわした感じになって、他人のついた嘘が気になったりとか、自分で考えた会心の嘘を披露したりしたくなっちゃうというわけです。

なぜエイプリルフールが盛り上がるのかと言われたら、そんなかんじのところですかね。

せっかく盛り上がるのだから、楽しい嘘で盛り上がりたいところですね。

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