【感想と考察】イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる

イメージの力

古来より「人間」という極めて知能の高い生物が誕生してから、文明と言うものが発達し続けてきました。
その発展には、人間の「イメージの力」が大きく関わってきたのではないかと思います。

国立新美術館で開催されている「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」は国立民族学博物館の数多くの収蔵品の中から選ばれた多くの作品、資料が展示されている展覧会です。
人々が古来より抱き続けてきた「想像する能力」がどのような変化をたどって育まれてきたのか垣間見ることができる展覧会でした。
展示期間は2月19日~6月9日です。

イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる

この展覧会を観てきた感想と、思ったことを書いていきたいと思います。
「イメージ」という形のないアートや人間の文化の根源となっている力について、色々考えさせられる良い展覧会だったと思います。

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国立新美術館 展覧会「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」の感想と考察

国立新美術館

国立新美術館
展示会場である国立新美術館を訪れるのは今月は2度目です。
たまたま面白そうな展覧会を開催していたので、こんなにも連続して訪れてしまったわけなのですが、六本木は”森美術館”や”21_21 DESIGN SIGHT”など他にも美術館がいくつかあるので訪ねることが多いです。
国立新美術館 イメージの力
「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」は国立新美術館の入り口を入って、エスカレーターを使い2階に登ったところにある展示室が会場になっていました。
国立新美術館 イメージの力 入り口
入り口でチケットを買って入場しました。

展示内容

本当は写真を撮って掲載したいのですが、写真撮影は禁止なので、残念ながら写真は紹介できません。

展示の内容は主に国立民族学博物館の収蔵品が、各章ごとに分けられて展示されているというものです。
国立民族博物館は大阪吹田市にある世界各地の資料を収蔵している博物館です。
「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」は美術館と博物館のコラボレーション展示というわけですね。

「イメージの力」というタイトルの付けられたこの展覧会では、人間が古来より生み出し続けてきた様々な造形物が展示されています。

各章の分け方はその展示品の歴史や地域による区分ではなく、造形の雰囲気や、機能的な部分などに着目して分類されています。

例えば、展示会場の入り口を入って進むと最初に出迎えてくれるのは、古今東西の多種多様な「仮面」です。
たくさんの仮面が地域や時代の区別なく壁面にびっしりと展示されていました。

第一章では人間が本来目で見ることが出来ない、神様や霊的な存在をかたどった作品が展示されていました。
宗教的な存在であるそれらは、まさに人間のイメージの産物です。

国立民族学博物館の収蔵品から、人間の想像力の根源となっているような作品が展示されていました。

作品は博物館に展示されているような古い時代に作られたものがほとんどでしたが、アートにも通じる造形美のようなものも感じました。
展示方法が現代的な美術館の空間で陳列されていたせいか、現代美術の展示を見ているような気分で展示を見て回ることが出来ました。

イメージとは何か?

「イメージ」という言葉は、僕達が何気なく日常生活で使うことが多いですが、その言葉の意味を再度考えさせられる展覧会でした。
考えてみると、人間の創作物は全て「イメージ」が元になって作られているはずです。

この展覧会の展示品のように古い時代の創作物を眺めていると、人間のイメージのルーツのようなものが見えてくるような気がして、非常に興味深かったです。
様々な目的で作られた仮面や、宗教の神様をかたどった像や、体に身に付ける装飾品などは人間のイメージの原点のようなものです。

現代社会に生きる我々は「イメージ」というものは、脳内の電気信号の伝達によって生み出されることを誰もが知っています。
しかし、それがわからなかった時代では「イメージ」というものは現実に起こっている事象の一部分だったのではないでしょうか。
つまり、「現実」と「想像」の境目が薄かったのではないかと想像することが出来ます。

「シャーマン」と呼ばれる人たちが今でも世界の奥地には存在しています。
彼らは祭礼や儀式で薬物などを用いて霊的な存在との交信をすることができるとされています。
しかし、実際には薬物の使用や、気分の高揚による「幻覚」が見えて、会話のようなものをしている様に見えるにすぎないと僕は思っています。
シャーマンやそれを信じている人々にとっては「幻覚」、つまり「イメージ」も現実の一部であるということですね。

科学が発達した今の時代でもイメージとはあらゆるものを生み出す元となるものです。
現代の技術も元はといえば、シャーマンが何処にでもいた時代から築き上げられてきたイメージの力の結晶です。

かつて、現実的な存在であったイメージの力は、我々人類の発展と繁栄の原動力になってきたのではないかと思います。

イメージは伝播する

イメージの力によって生み出された創作物は、長い時間をかけて地域ごとの特性を生み出してきたのだと思います。

「イメージ」というものは、普通に考えると一人の人間の個人的な脳内の活動なはずです。
しかし、展示品を見ていて思ったのは、展示品の個性は作者個人ではなく、地域ごとの違いが大きいということです。

例えば、これは”古代中国”っぽいなあとか、あれは”ネイティブアメリカン”ぽいなあと、国や地域の特徴がしっかりとあります。

イメージと言うものは一人の人間の中で行われるものと思われがちですが、本来は多人数の人間の中で伝播して発展していくものだと思います。
一人の人間の想像力なんてものは本当にちっぽけなものです。
だからこそ、人は他の人が作ったものに影響を受けて、そこに自分のイメージを加えて創作物を制作して、徐々に高度なものを作ることができるように発展してきたと考えられます。

どんなアート作品や文化でも、なんの影響も受けていない完全にオリジナルなものは存在しないですよね。

「イメージの力」とは個人の力ではなく、集団が長い時間をかけて積み立ててきた形にしてきた力ではないでしょうか。

集団のイメージの力とは

現代社会において「イメージの力」は情報伝達と工業生産の技術の進歩によって、すさまじい速度で成長し続けています。

本展の終盤あたりで、「消費されるイメージ」というテーマで、プロダクトや、製品が消費されるということがコンセプトの作品が展示されていました。

集団による「イメージの力」とは前述した「伝播」するという意味と、企業などの「集団」によって生み出されるという意味があります。
一つの製品を作るためにはものすごくたくさんの人間が関わって生産されていくものです。
その製品のコンセプトを元にその企業の人間が何回もミーティングを重ねて、長い時間を経てやっと生み出されます。
一つの製品はデザイン、技術的、マーケティングなど様々な専門家のイメージの集大成のようなものです。

これは現代のプロダクトなどの製品に限ったことではなく、人間の知能が発達して集団で作業を行い始めた時点で生まれた「イメージの力」です。
このように意図的にたくさんの人間の「イメージの力」を集めて集団での開発をすることで、より高度な技術とアイデアの詰まった製品を作ることができるという、人類の知恵と言えるのではないでしょうか。

多様性の時代

インターネットやメディアの発達によってイメージの伝播の速度はかつてとは比べ物にならないほど向上しました。
それによって、世界中の他人のイメージの産物を簡単に調べて観ることができるようになり、地域ごとの特性というカテゴリーは逆に薄くなってきています。
先進的な国家であるほど、この特徴は顕著です。

また、量産する技術の発達と輸送する技術の発達によって自国の製品よりも優れた外国の製品を自分の手にする機会も多くなっています。

イメージの伝播のスピードと拡散の細分化によって、もたらされたのは「多様性」です。

インターネットの発達によって求める情報を調べることが容易になり、自分の欲しているコンテンツだけを得ることができるようになったのは画期的なことです。
その結果、個人ごとで違った考え方や趣向を持つことが許されるようになり、マニアックな趣味を持つ人でも同じ趣味の人同士で集まることが可能になりました。

インターネット上の一つ一つのコミュニティは小さな細分化された一つの文化であると言えるのではないでしょうか。

かつてのように自分の住んでいる地域の文化と共に過ごすのではなく、今の時代は自分で文化を選ぶという自由があります。
現代のような多様性の時代が訪れることを可能にしたのは、イメージの力の発達と、情報伝達技術の発達による結果です。

まとめ

国立新美術館で開催されている「イメージの力―国立民族学博物館コレクションにさぐる」は人間の想像力のルーツを垣間見ることができる興味深い展覧会でした。

人間が人間らしく生活するためには、この展覧会のテーマである「イメージの力」無くしては語ることが出来ないでしょう。

展示品は国立民族学博物館収蔵の古い時代に作られた作品が主です。
しかし、実際に展示品を眺めてみると造形の面白さは今も昔も変わらないと思いました。
非常に見応えのあるおもしろい展覧会だったと思います。

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